2024年11月14日木曜日

【創作小説】タイカンオンド あとがき


ある日。精神の領域に興味を持った。感情、心、思考……不確定なモノ。僕を含め、人間の誰もが内包しながらも触れることが叶わない場所。人類が足を浸す広大な海。

僕が人間である限り、それを認識することはできない。この肉体が邪魔だから。形有るものは形無いものに触れられない。けれど興味は尽きなかった。

いかにして精神の次元に肉薄するか。考えた末、一つの可能性に辿り着いた。

僕がそちらに行けないなら、精神をこちらに呼べばいい。偶像を崇めて神を貶めるように、高次の精神を三次元に引き摺り下ろす。僕の興味はその先へ向かった。

精神が、心が形を持ったとき。人間は、世界は、どんな風に変化するのか。どんな風に……。

僕は、実験することにした。(全4話)


※ここから先は、「タイカンオンド」本編に関わる重要なネタバレが横行しております。本編を読んでいただいてから、この先を読むことをお勧めします。※


(文章は2021年10月頃のものです)

 蒼井希男です。「タイカンオンド」の作者です。
 まずは「タイカンオンド」全4話が書きあがり、一つの物語として完結したことをセルフで祝います。おめでとう。ありがとう。
 そしてここまで読んでくださった方、ありがとうございます。ここでお会いできたことを嬉しく思います。
 ここでは「タイカンオンド」のあとがきと称して、設定や裏話をたくさんしていきます。
 どうぞお付き合いください。


・始まり
 この「タイカンオンド」という物語は、「マリオネレメンツ」(以下「マリオネ」)と「sensory temperature」(以下「sensory」)という2つの物語を足して2で割って生まれました。
 「マリオネ」は、人形に宿った神様が人間の力を借りながら悪心と戦う物語。「sensory」は少年と姿のない友達の物語。転じて、異常を抱える学生たちの物語でした。
 これを足して割った結果、人間に宿った感情の擬人たちが悪心と戦う物語になりました。「マリオネ」が8割くらい残ってる気がしますね。


・タイトル
 タイトルも、物語の内容と同じく、2作品を足して割りました。「sensory」を「マリオネ」のカタカナで表記して、「タイカンオンド」。略称は「タイカン」。
 意味は「自分と他人の、物事の受け取り方の違い」です。同じことが起こっても、嬉しい人がいれば悲しい人がいる。そういう温度差をタイトルに込めました。物語内でも、そういったすれ違いが悪心の原因になることが多かったです。


・ストーリー
 「sensory」について考えていたとき、人ならざる力を持って何かと戦っていることを隠している生徒を思いつきました。
 そこで思い出したのが「マリオネ」でした(「マリオネ」は原型がかなり古く、物語として構築するのは諦めていました)。「マリオネ」では人形に神様が入っていたけど、生身の人間に高次の存在が入っていたらどうなるんだろう、その場合何が入ってくるんだろう、何故戦うんだろう……と考えを膨らませた結果、感情の擬人たちが、実体化した悪心から人間を守るために戦う、という話が出来上がりました。
 ただ、これでは感情たちが輪廻する限りいくらでも書けてしまう、そうなると途中で飽きて絶対投げる、と危機感を抱きました。そこで、感情の4人を1人ずつ活躍させることを目安に、4話で終わらせようと決めました。おかげで走りきれました。よくやった私。
 ただ、1話から救いがなかったり、2話で突然長谷川と吉川が脱落したり、3話は過去に飛んでいたり、と話数を絞った分ごっちゃごちゃになった印象は否めません。もっとゆったりやっても良かったのかもしれないです。


・キャラクター
 ○深紅(シンク)
  怒りの感情なのですが、ベースの人格は非常に冷静です。長谷川に憑依していた時が一番素に近いです(そもそも千秋が落差、違和感をつけるために作った正反対の性格のキャラ)。
  というのも、彼は怒りであるが故に、怒りの扱いの難しさを理解しています。だから律しているんです。ちょっかいをかけてくる青冴に強めに当たっているのは、青冴が深紅の特性を理解しているから成立する甘えです。
  責任感が強く、真面目。内面はとても優しい。炎を扱えるので戦闘力は4人のうち2番目に強いです。
 別名をスカーレット(Scarlet)。どこかで出てくるでしょう。

 ○長谷川(ハセガワ)
  序盤で深紅が使っていた体の持ち主。
  母子家庭で育ちながらも母親からは育児放棄、学校ではいじめられ、また体は男性ながら精神的には女性の要素が強く、それが育児放棄といじめを加速させ……と複雑な問題を一人で抱えながら生きていた高校生。そんな中、偶然いじめ現場に居合わせ、助けてくれた吉川に少しずつ心を開くも、それを妬んだ人々の悪心に襲われてしまう、という壮絶な裏設定がありました。
  長谷川=深紅が敬語を使っていたのは、元となる長谷川が、心と体の性差をうまく擦り合わせようとしていた結果です。
  長谷川には幸せになって欲しかったです。

 ○青冴(ソウゴ)
  大変へらへらとした、いわばチャラい奴ですが、哀、悲しみの感情。吉川に憑依していた時が彼の素に近いです。彼も深紅と同じく、悲しみ続けることの無意味さを悟って、笑っているのでしょう。
  人当たりはいいけれど、優しくはないです。冷たく、皮肉屋。彼の言うことはある程度筋が通っているけれど、100%本心というわけでもない。摑みどころがない感じです。流水のように。
  水と氷を扱い、戦闘力は4人のうちトップ。戦闘要員なので、悪心と戦う理不尽さ、不条理さをより強く感じているが故の皮肉でしょうか。
  別名エアリエ(Airlie)。いつか出てくるかしら。

 ○吉川(ヨシカワ)
  序盤で青冴が使っていた体の持ち主。
  大地主の息子で不自由も不満もなく育ったけれど、父親に取り入るために自分と関わり、媚びへつらう人々にうんざりし、人付き合いに冷めてしまった高校生。ただ腐ることはなかったため、長谷川を助けました。地域とのつながりが薄く、自分の影響力を知らない長谷川との対等な関係に、吉川も心を開いていきますが、それが彼の取り巻きの悪心を加速させてしまい、悪心に襲われた末肉体を譲渡。……この二人の話で1話書いてもいいと思ってましたが、私にはまだ重すぎました。
  吉川=青冴は長谷川=深紅に対して結構愛情表現をしているのですが(推敲前は特にいちゃついてた)、青冴から深紅へであり、吉川から長谷川へでもあったと思います。長谷川は自分の意思をあまり出さないので、吉川が押せ押せで関わっていたのではないでしょうか。
  ……いや、本当にこの二人の話辛い。

 ○翡翠(ヒスイ)
  冷静、泰然。深紅以上に動じない大人。楽の感情なのでフラット、ニュートラルな性格です。
  風を司りますが、戦闘能力は最低ランク。代わりに結界を張る能力と、人の認識に介入し、自分たちの存在を薄めたり悪心の記憶を消したりできる能力を持っています。
  立ち位置は完全に保護者。見守り役。四兄弟で例えるなら翡翠が長男、次男青冴、三男深紅、四男道埋。
  別名ヤーデ(Jade)。何故翡翠だけドイツ語かって、響きが好きだからです。それだけ。

 ○長瀬(ナガセ)
  作中翡翠が使い続けていた肉体の持ち主。何とか死なずにいてくれました。まあ、深紅と青冴の肉体が変わるので、それ以上変わるとさすがにしっちゃかめっちゃかになるかな、と。最終話では、そりゃあもう使い捨てるように肉体を次々入れ替えてやろうかとも思いましたが。
  長身で厳つい印象の割に手芸を好む、ごく普通の高校生。実は手芸部に思いを寄せている女性教師がいたため手芸部に飛び込み、めきめき上達した結果の趣味。ある日、その女性教師が悪心に襲われている現場に遭遇。女性教師を守るために肉体を譲渡した、という裏設定。一途。

 ○道埋(トウリ)
  道と理(コトワリ)ではなく、道に埋(ウ)めるで「道埋」です。間違えやすいので気をつけて下さい。間違えやすい名前をつけるな、って話ですけど。
  無口、無感動で何を考えているかわかりにくい少年。言葉も若干拙いものの、人を愛し憂う、心優しい喜びの感情。
  戦闘に使える魔術的能力はありませんが、怪力。肉弾戦に限れば最強です。また物質世界に自分の肉体を生み出し、活動できるという特殊能力があります。つまり他3人のように、物質界に干渉する際人間の肉体を借りる必要がないわけです。
  何でそんな能力なのかというと、彼らの能力は地水火風を割り当てており、道埋は地、土にあたります。大地は生命の源だったり、人形を作ったりできるイメージだったので、異次元に入れ物を作る、という能力を付与させました。
 この物語での出来事は、同意があったとはいえ道埋の行動が起点です。3人が体を何度も入れ替えながら戦う中、道埋は替えの利かない肉体であり、また他3名を物質世界につなぎとめる楔の役割を担っています。まともに戦えば死ぬ可能性がある以上、ギリギリまで逃げ、守られ、生き残ることが彼の使命。その罪悪感は相当なものだったのではないでしょうか。……えっ、自分で書いておいてめっちゃ辛い。
  基本的には翡翠と行動を共にしていますが、それは彼が防御のスペシャリストであると同時に、感情の起伏が少ないから。3人は人間の肉体を用いることで感情の上限がつき、常に精神としての特性を抑制されている状態です(能力が半減するけれど、外からの刺激にも鈍感になる感じ)。しかし道埋は精神世界からそのままきているので、影響を受けやすいのです。受ける力も出す力も強い。だから揺らぎの少ない翡翠の近くにいることで、他者の影響を受けすぎないように、また他者に影響を与えないように自分を守っています。
  別名ソイル(Soil)。なんで別名があるかっていうと、今回は日本語の世界でしたが、別言語の世界で活動することもあるかと思って。彼ら感情だから、国籍とか関係ないですし。

 ○1話
  松本(マツモト)、菅原(スガワラ)、大内(オオウチ)の3名。中学からの付き合いであり、松本と大内は付き合っていました。しかし松本が菅原と大内の関係を疑ったことで、菅原が悪心を生み出してしまいます。最初だったので、わかりやすく恋愛を持ち出してみました。
  松本ちゃんは、思い込みが激しすぎたかな。でも反省と謝罪ができるいい子でした。勿体無い。菅原ちゃんは可哀想ですが、落ち込みすぎた印象。もう1日保ってくれれば、無事だったのでは。大内は、よく記念日覚えてたなあと(どこに感心してるんだ)。

 ○2話
  坂上(サカガミ)、千秋(チアキ)、和田(ワダ)の3名。坂上が突然悪心に襲われ、その原因を探る、という話になりました。
  坂上は、能力はもちろん性格もいい男だと思います。イケメン。明るいし、もうどこに文句つけていいのかわからない。千秋の性格は長谷川と対にする前提だったので、明るいおばかさんになりました。内には少なからず坂上への嫉妬を抱えていたわけですが、増幅された憎悪を耐え抜いた精神力は、深紅が宿るに相応しかったでしょう。和田は性別の面で吉川と対になりました。性格は輪をかけてクールに。きっつい物言いは、書いていて結構楽しかったです。
  ここでひとつ、名前について。「タイカン」に出てくる人物名の大半は、私の身の回りにあった人名、地名を使っているのですが、「和田」は学生時代にお世話になり、亡くなられた先生の名前をお借りしました。私が小説を書くのが趣味だと言ったら「いつか小説に自分を出してくれ」とおっしゃっていたので……ささやかですが、約束を守れたことを嬉しく思います。

 ○3話
  吾妻(アガツマ)、ゴーサム、佐藤(サトウ)、吉田(ヨシダ)、一条優也(イチジョウ・ユウヤ)の5名。教育実習生の一条が持ち込んだ儀式「カミオロシ」に巻き込まれていく4人の話で、時系列的には最初の話です。この話と1話の間に何百年かあります。
  この4人が助かる未来はなかったので、最初から心苦しかったです。吾妻と吉田は劣等感、ゴーサムは異国の血による差別の苦しみ、佐藤は敬愛を増幅されました(吉田は異変が出る前に気を失いましたが)。
  特筆すべきは一条。一人だけフルネームですが偽名です。そして諸悪の根源。次元破壊を嗜好する異端者、簡単に言うならサイコパス。殺人を厭わず、圧倒的な魔術の才と知識を持つ、本当に面倒臭い生き物です。今回は知識欲を満たしつつ「タイカンオンド」という次元、物語をぶち壊すために行動しているのですが……またどこかの次元に現れることがあるかもしれないです。

 ○4話
  猪俣(イノマタ)、清水(シミズ)、川崎(カワサキ)の3名に、坂上と一条を足した5人。悪心を退けたはずの猪俣は、気づいたら学校に閉じ込められており、生き延びるために命がけの遊びを演じることになります。一条の底意地の悪さと、猪俣ちゃんの追い詰められっぷりでできています。
  猪俣ちゃんはまともで、強い子です。壊れていくのを書くのは辛かったですが、最後には勝利=生存を掴んでもらうと決めていたので、頑張ってもらいました。彼女にはハッピーでいてほしかったので、清水と川崎とも無事に再会しました。
  坂上……。「ずどん」(推敲後「どすっ」)の効果音を書いた瞬間に「あ、死んだ」と思い、そのまま死なせてしまいました。猪俣ちゃんを守り抜いた男です。その後の深紅と青冴の会話には、千秋と和田が強めに出ています。
  最後に落ちたときの効果音は、1話で松本ちゃんが死ぬときと同じ音です。生死がわかりにくければいいな、と。
  猪俣ちゃんが2回夢を見るので、夢といえば……な六兄弟を……出す予定でしたが、諦めました。これ以上ごちゃつかせてはいけない。


・「タイカンオンド」の今後について
 4話のエピローグで、その日まで何百年と続いた異形と異能の闘争は記憶から消え去り、あの次元は平穏を取り戻しました。あの次元においては、その先を書くことはありません。過去は書くかもしれませんが。
 ただ、一条優也という次元を脅かす存在は消えていませんし、感情の擬人たちも精神世界に戻っただけです。彼らはまた、別の次元に現れるでしょう。


・次回作について
 めちゃくちゃ悩んでるんですよ。3つ案があって。
 「Astral」という異能力者の話か、「GodDeath」という神様の話か、「Reveal Play(仮)」という病院の話か。
 あるいは全く違う話になるかも? 何ができるかお楽しみに。


・終わり
 これで「タイカンオンド」のあとがきが終わります。
 この物語とは長く関わり、濃密な時間を過ごしました。「マリオネ」から数えたら10年は軽く超えるかもしれないです。深紅たちは私の創作キャラの中でも古株なので、彼らの物語をきちんと書ききれたことは、本当に良かったと思います。
 前作「レイヴンズ」以上に設定が難しい話で、読みにくかったのではないでしょうか。私も途中でよくわからなくなってました(駄目ですね)。根気よく付き合っていただけたら嬉しいです。
 それでは次回作、別作、あるいはイラストなど別ジャンルの作品で、お会いできることを楽しみにしております。
 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 「タイカンオンド」、閉幕です。


 END.


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