2020年9月5日土曜日

【創作小説】レイヴンズ04

    

雨の夜、男は少女を助けた。
彼女が人間ではないと知りながら。
(全25話)


(呼ぶ声が、聞こえる)


(呼ぶ声が、聞こえる)


 何回も私の名前を呼ぶそれは、耳から聞こえる声じゃない。私たち烏にしか聞こえない、超音波のようなものだ。
 脳に直接送り込まれる声が、私を呼んでいる。
 ……というのに私は、反応することなくベッドに座っていた。スリッパを爪先に引っ掛け、足を痛まない程度に伸ばしてぶらぶらさせる、という遊びでもって、知らないふりをしている。
「……」
 半分くらいは私を本気で心配してくれているのだろうから、無事を伝えたい気持ちはある。早く帰りたいという気持ちも持っている。それでも、一刻も早い帰宅を望まないのは理由があった。
 私を助けてくれた、白江という人間に興味がある。……いえ、興味というよりは、手当してもらった上ご飯までもらって、礼の一つも告げずに去るのは無作法というか、失礼というか……烏と人間が相容れないものとはいえ、礼儀くらいは備えているものだと知らしめておく必要はあると思う。借りを作るのも良くないし。ええ、そう、そういうこと。烏の有り様を逸脱しない、極めて正当な理由。
「……」
 しばらくすると、頭に響いていた声が途絶えた。応答がないからここには居ないと踏んで、別の場所に行ったのだろう。カーテンは閉めてあるので、私を視認することもできなかったはずだ。
「はあ……」
 ほっとした気持ちと罪悪感とで、心が揺れ動くことしばらく。
「――んの、おい――」
「何ー? ――じゃーん、合鍵――」
 外に繋がる扉の向こうから、騒がしい声が聞こえてきた。声の低さと違いからして、男二人のようだ。足音が近づいてきたと思うと扉の前で止まり、さらにがちゃり、と鍵が差し込まれる音まで鳴った。
 帰ってきた。つまりどちらかが……あるいはどちらもが白江だ。反射的に背筋を伸ばすと体が痛んだが、構ってはいられない。人間との対面、対話は私自身が望んだこととはいえ、緊張までは拭えなかった。
 人間と烏は敵だから、相容れない種族だから。
 息を浅くして、目と耳に意識を集中させる。
「……何で家主より先に部屋を開けるんだよ」
「ワクワクは止められないのサ! あと俺に合鍵を渡す保志君の不手際だね!」
「そう言われると……反省」
「ガチで肩落として落ち込むのやめてくんない? これから楽しいファーストミーティングだぞっ」
 がちゃがちゃ。がちゃがちゃ。
「……何手間取ってるんだ」
「むむ。コツがいるんだよ、これ。上に押し込みつつ左に二十一度くらいまで傾けて、ひねりを加え……」
「もういい抜け。そして帰れ」
「やだー! 保志君の家と心の扉を開くのは俺だー!!」
「近所迷惑だから本気で帰れよお前。大家さんに直談判して出禁にするぞ」
「しかし今の叫びのおかげで力が入り、いい具合に鍵を捻ることができたのでした。はいオープン!」
 がちゃん。
「いやー、ピンチをチャンスに変える、俺のテクニカルな」
「ただいまー」
「えっ無視!?」
 コントのように陽気な会話にぽかんとしているうちに扉が開かれ、予想通り二人の男性が部屋に入ってきた。廊下は薄暗く、まだ姿ははっきりとは見えない。
「部屋は無事みたいだな。あとは……」
 呟きと、短い廊下を歩く音。
 そして廊下からひょっこり現れたのは、白いジャケットを着た男だった。
「……よかった。目、覚めたんだね」
 短い沈黙の後、彼はそう言って笑った。茶色の髪、黒い目、柔和な印象だけれど、体つきはしっかりしていて、運動神経は悪くなさそう。
「一人にして悪かったね。急だったんで休みが取れなくて……って、俺の事情は関係ないよな。おにぎりは口に合ったかな? あっ、その前に怪我の具合が問題か」
 私が分析している間に、男は喋りながらジャケットを脱いだり鞄をしまったり、私が処分方法に迷ってテーブルに放置したおにぎりのラップを捨てたりとせわしなく動いた。その動きに迷いがなかったので、私は確信を持って口を開いた。
「……白江?」
 度重なる質問をぶった切った言葉だったのに、男は怪訝なそぶりすら見せず、笑顔で頷いた。
「ああ、そうだ。俺が白江、白江保志弘。メモ読んでくれたんだ」
「え、ええ……」
「混乱していただろうに「絶対安静」まで守ってくれて、本当に助かったよ。ありがとう」
「いえ……」
 助けられた私が感謝する側なのに、なぜ私が感謝されているのか。
 面食らっていると、廊下からどたどたと足音がして、もう一人の男が飛び出してきた。
 黒い髪に黒い目、黒ぶちの眼鏡に帽子をかぶった、特徴ありありの男だ。片足立ちでぱっと両手を広げた姿で部屋に飛び込むと、そのポーズを維持したまま声を上げた。
「おおーっ! 君が保志君を救い保志君に救われた美少女烏ちゃんだね? ハローハウアーユー、俺は君を救ったスーパー格好いい男、白江保志弘の大親友、那字路村正です! よろしくお見知りおきをレディ!」
 ……とりあえず「ひょうきん」という評価は下したけれど、白江以外の人間と出会うことになるとは思っていなかったのと、何を言っているのか微妙にわからないのとで、どう対応していいのかわからない。黙っていると、村正はその場でくるくる回り出した。
「ああ、俺に敵性があるか否か、判断に迷ってる? 大丈夫、これでも飲み食いしながら、ゆっくり話し合おう! じゃじゃーん!」
 回転が止まった時、村正の手にはビニール袋があった。見たことのあるスーパーのマークが入った半透明のそれから、ペットボトルの飲み物やら袋菓子やらが次々出てくる。手品みたいだ、と思っている間に保志弘もコップや皿、ナプキンなどを持って現れた。
「おにぎりだけじゃあ足りないだろうし、喉も乾いたろう? それに、お互いの状況や立場は、明確にしておいた方が良さそうだ。疲れていなければ、少し話がしたいな」
「……」
 黙って首肯する。私には圧倒的に情報が足りない。それを持っている彼らからの誘いは、受け入れるしかなかった。……喉、渇いたし。おにぎりで満足して、飲み物のことを考えてなかった……。
 体の痛みには少し慣れたけれど、無視しきれるものではない。怪我をしている部位を刺激しないようにゆっくり動いていると、村正がぱっとやってきて手を引いた。なぜかばちっとウインクをして、恭しくソファへとエスコートして、座らせてもらう。村正は私の左隣に座り、L字に折れた辺に保志弘が座った。
 まず口を開いたのは、保志弘だった。
「改めて自己紹介。俺が白江保志弘だ。三日前の夜、傷だらけで倒れていた君をここ……俺の家に運んで手当てしたわけだけど、状況は覚えてる?」
「……ええ」
 早速コップに注がれたお茶で喉を潤してから、答える。
「人間に襲われて……仲間を逃がすために囮になったのだけれど、翼を撃たれて落ちたの」
「ああ……じゃあやっぱり、君は烏なんだ」
 その言葉に驚きの色はない。この黒髪黒目は烏の大きな特徴だし、ある程度予想はついていたのだろう。
「……そうよ。私は烏。あなた、たちは人間でいいのよね」
「そうだね」
「そだよー」
 確認のために訊くと、二人とも笑顔で頷いた。
 立場が明確になったところで、私は居住まいを正し、頭を下げた。ここで大事にならなかったのは幸いだった。あとはこの穏便な流れのまま私の目的を済ませ、話を終わらせるだけだ。
「保志弘。助けてくれて、本当にありがとう。返せるものが何もなくて悪いけれど……あのまま放置されていたら、私は死んでいたかもしれない。心から感謝してるわ」
「いやいや、どういたしまして……って、ちょっと待った」
 目的は達成された。顔を上げて立ち上がり、早々に立ち去ろうとしたところで、保志弘に制される。
「待ってくれ。どこに行くつもりだ?」
「あなたたちが人間で、私は烏だから」
「それとこれと、どんな関係が?」
「私たちは相容れない、傷つけ合う敵同士の種族よ。長々と馴れ合うべきではないわ」
 これだけ説明すればわかってもらえるだろう、と思ったけれど、保志弘は私の手を掴んで、さらに強く引き止める意思を見せた。
「君の懸念はわかるが、君は目覚めたばかりで、何より怪我が治りきってないじゃないか。まだ安静にすべきだ」
「私を引き止めて、後々困るのはあなたたちよ。私を匿っていたことがバレれば、何かと理由をつけられて烏に襲われる羽目になるわ。命の保証はないわよ」
「俺の危険度は今も未来も、さして変わらないよ」
「私を見失ってからまだ日が浅い。今なら適当な理由を繕ってごまかすくらいできる」
「俺は状況じゃなくて、君の心配をしているんだ」
 善意で説いているのに、保志弘はまるで応じる気配がない。しかし彼もまた私を思っての善意で発言しているのは、目を見ればわかった。
 ただ、それがとてつもなく苛立たしい。彼の善意は私から見ればありがたいが、彼自身を危険にさらしていることに気づいていないのだろうか。烏だと気付きながらも私を助けてくれた勇気ある人間ではあるけれど、勇気の使い方を間違えている。
 空気が変わっていく。私は本気で出て行こうとしていて、保志弘は本気で私を止めようとしている。相容れない思いが摩擦を生んで……。
「はい、ストーップ!」
 ぱんっ、と手を叩く大きな音に、私の緊張が弾けた。事態を静観していた村正がいつの間にか立っていて、見ると場の空気に全くそぐわない笑顔を浮かべていた。
「二人とも、お互いを思いやっていて大変よろしいけど、それを喧嘩の武器にするのはいただけないなあ。はい、保志君が謝って」
 びしりと指された保志弘は、少し決まり悪そうに私の手を離すと、素直に頭を下げた。
「ごめん。つい熱くなってしまった……」
「い、え……その、私こそ……」
 こうもあっさり下手に出られると、反応に困ってしまう。そもそも私は保志弘に感謝こそあれ敵意はない。
「意見ぶつけ合うだけじゃ意味ないでしょ? 二人の言い分のどっちがより良いか、しっかりばっちり吟味しようじゃないか! ささ、座って座って」
 まごついている間に、村正にぽんと肩を叩かれた。瞬間、電流のように痛みが走って、ばすんとソファに座ってしまう。痛み自体はすぐに引っ込んだけれど、村正の言い分に従う形になってしまった。
 笑顔の村正と、首を傾げて困った風の保志弘を交互に見る。男二人に囲まれた怪我烏だけれど、種族のアドバンテージがある以上、この場で圧倒的に強いのは私だ。話し合いを蹴って強行突破だって可能だろう。……けれど、それは望みじゃない。筋を通すために仲間の呼びかけを無視までしたのに、筋を通した相手に喧嘩を売ったら意味がない。
 言葉で解決できるなら、それがいいに決まっている。気持ちを切り替え、話し合いに応じることにする。
「……いいわ。話し合いましょう」
「君の言い分はこうだ。烏と人間が馴れ合うべきではない。また、烏を拾って介抱した保志君の存在が烏にバレようものなら、保志君に危険が及ぶ。それは避けたい。事が大きくなっていない今ならごまかせる。よって一刻も早くここを辞去して仲間の元に帰りたい。
 対して、保志君の意見はこう。君を助けた時点で、烏に狙われる危険は抱えているから気にするな。とにかく君の体が心配だから残りなさい。
 ……ん? これどう考えてもこの子の意見が正しいんじゃぐわっ」
 ばしん。「話し合い」と言った割に勝手に意見をまとめて勝手に評価を下そうとした村正の顔面に、個包装の分厚いクッキーが直撃した。
 二つ目のクッキーを手に取りながら、保志弘が先ほどまでとは打って変わって鋭い目、低い声で村正に対する。
「裁判長気分で話を進めるな」
「こういう時は第三者の客観的視点が大事でしょ? でも大丈夫、そうは言っても俺って保志君のソウルメイトだから、実は全く公平性がないのです! 保志君がその気なら手段を選ばず違法スレスレ、いやちょっとボーダーライン踏んじゃったかなくらいの行為まではどむんっ」
「ややこしくなるからちょっといや一生黙ってろ」
 ばしん。命令口調の低い声と共に、二つ目のクッキーが口元に炸裂。村正はもごもごと何かを呻いているが、意味をなしていない。
 もう一度保志弘を見ると、表情が初見同様の温厚なそれに戻っていた。……二重人格か何かかしら。ちょっと怖い。爽やかな笑顔に、有無を言わさぬ圧力を感じるのは気のせい……?
「そこの馬鹿の発言は無視してくれ。存在が世界レベルで不適切なんだ、あいつは」
「……友達、なのでしょう……?」
「話を戻そう」
 「逆らうべきではない」という本能の警告に従い、頷く。村正の話は強制終了と相なった。
「お互い、この出来事による互いの所属社会への影響を、最低限に抑えたいと思っている。この認識は合っているよね」
「ええ。人間と烏は相容れない。不用意に刺激したくない」
 人間と烏の相克。力では勝るのに数で劣る烏と、力は劣るが技術力と数で補う人間の争いは、いつしか泥沼と化して、私が生まれた時には既に両者はいがみ合う歴史の中にいた。
 それが正しいとか悪いとか、そんなことは私にはわからない。どうにかできるとも、したいとも思っていない。ただ均衡を保っている現在を「平和」と認識しているから、綱渡りの現状だとしても守りたい。
「ただ、君がここに残ろうが出て行こうが、リスクはそんなに変わらない気がしないか? 一度人間社会の中で姿を消したのだから、どれほど時が経とうとその内容を追求されるのは、当然の流れだと思う」
「……それは、そうかもしれない。でも時が経つほどごまかすのは難しくなるわ。ここにいれば、私はあなたの首も、自分の首も絞めることになる」
「ごまかさなければならない時点で危険なんだ。「バレなければいい」と楽観視もしきれない。遅かれ早かれ欺いたことが露見したら……それこそ何かとでっち上げられて、君も俺も命の保証なんてなくなるだろうから」
 ……言われるほど、自分の立場が大分苦しいものだと感じてきた。そして、時既に遅し、とも。助けてくれた保志弘を、私は既に巻き込んでしまったのだと痛感した。
 人間であるから。烏であるから。それだけで、私の命が救われた出来事は災禍になろうとしている。
「……元はと言えば、私があの時しくじらなければ……」
「そうかな。俺としては、君に怪我をさせた人を怒りたいところだけど」
 反省の気持ちが、呆れに変わる。私はあの時、スーパーマーケットに飛び込んで食料品を強奪した帰りだった。実際は、私は実行係の烏たちの目付役だったのだけれど、それで人間社会の罪を逃れられるとは思っていない。私を追った人は自分の立場を確信して、やるべきことを全うした人だろう。それを人間の立場から批判するとは。
「……。まあ、起きたことより今後のことを考えよう。
 思ったんだけど、どちらを取っても危険度が変わらないなら、メリット……プラス要素が大きいほうがいいよね?」
「プラス……?」
 この苦しい状況で、良いことなんてあるのだろうか。
「俺としてはやっぱり、君の怪我が治ることがプラスかな、と思うんだ」
「そんな……いえ、う……ん……」
 この状況で私の体など瑣末事だ、と言いたいところだったけれど、この状況だからこそ、ささやかでも好転する事象があるなら大切にすべきか、とも思う。
 そもそも、保志弘が危惧したとおり、私の体は完全復活とは程遠い。こうして座っているだけでも、体のそこかしこがずきずきと痛んでいるのだ。こんな体では、這ってでも帰ったところで、抗争が起こった場合止めるだけの力はない。それなら肉体が回復したところで問題と相対した方が、少しくらいは勝算が出そうな気がする。
「一理、あるかもしれないわね」
「俺の気分としては、損得関係なく君の怪我が心配なだけなんだけど……。
 どうだろう。君の怪我が回復するまで、もう少しここにいてはくれないだろうか? 危険度が変わらないなら、せめて「君の傷が癒えた」と安心して送り出したい」
 考える、というよりは、結論を出す勇気を得るために時間を取る。どれほど理性的に状況を見極めても、背負うリスクの重さを考えると怖い。
 保志弘の目を見る。穏やかな黒い目には、どこか強さを感じさせた。烏と同じ色だからだろうか、その強さに安心する。
 一度、二度。深呼吸をして、答えた。
「……ここに、いる」
 保志弘は破顔した。彼も不安だったのかもしれない。
「よかった。それじゃあもう少しの間、よろしくね」
 そして手を差し出してきた。握手を求めているようだが……先ほど散々「馴れ合うべきではない」という主張をしたのに、どういうつもりなのか。
「……そこまで、親しくなるつもりはないわ」
「えっ、そうか……。じゃあ、君の名前を教えてもらってもいいかな?」
 手を引っ込める際の悲しげな顔に、ちょっと心が痛む。そのせいか、問われた名前はすっと口から出てきた。
「クロウ」
「クロウ。うん、じゃあ改めてよろしく、クロウ」
 それが握手の代わりになったらしい。満足そうに頷くのを見て、私もなぜかほっとした。
 それにしてもこの保志弘という男、変な男だ。私が烏だと知りながら、こうも平然と対話をして、結果的には私を説き伏せた。妙に泰然としているし、もしかして烏とつながりがあるとか……は、考えすぎか。人間と烏の対立についてはきちんと理解しているようだけれど、引き止める際単純に私の心配を理由にしているのを見ると、単に危機感が薄いだけだろう。
 保志弘の危機感が薄いなら、そこを逆手にとって人間社会について情報を得るのもありかもしれない。手土産を作ることは、私と、ひいては保志弘の立場を守ることにもつながるのだし……いえ、ちょっと待って。もしかして、逆に保志弘が私から、烏の情報を得ようとしている線もある? 先手を打って烏に攻撃を仕掛ける、ということも考えられない話じゃない。ここに留まる結論を出したのは、もしかして早計……。
「いやーっ、まるで交渉人な保志君の活躍、お見事だったねーっ!!」
「ひえっ」
 考え込んでいたら、突然横から大声が飛んできた。手に取ったコップを取り落としそうになる。黙っていた村正が喋ったのだ、と認識すると同時に、保志弘が立ち上がるのを見る。そのまま村正の襟首を掴んで床にぶん投げた。
「いてえ! 空気読んで黙っていた俺に対して、その仕打ちはひどくない!?」
「クロウを怯えさせたら意味ないだろ。そもそもお前、いてもいなくてもさして変わらなかったじゃねえか。さっさと帰れ」
「いやいやいやいや、俺とクロたんが互いを認識しておくのは大事だって話したじゃん! 任せてクロたん、俺は保志君の味方であり、保志君が味方するクロたんもまた、俺が味方するのサ」
「く、クロたん……?」
 初めてのあだ名に面食らう。本名より長くなっているのも気になるのだけれど、何より人間にそんな気軽に名前を呼ばれるとは。
「クロウ、拒否するなら早めにしないと、こいつ調子乗るぞ。手を切るのも今の内だ」
「ま、待って保志弘。大丈夫だから。「クロたん」でいいし、手も切らない。仲間は多い方が嬉しい」
「クロたんわかってるー! 任せてよ、俺って烏にも人にもコネあるから、各陣営の最新情報をばっちり集められるよ。役に立つから、保志君ともども頼って欲しいな!」
 どこまで本当かは分からないけれど、言った通り味方は多いに越したことはない。
 そう……信用も信頼も薄くていい。ほんの一時、私の怪我が治るまでの交わりなのだから。
「よーし、そうと決まれば今日は親睦を深めるためのパーティーだねっ! やっぱりピザかな? 知り合いがバイトしてて割引してもらえる店が……って保志君、何て切ない顔してんだい」
「……なんでもない。どこでもいいから注文しとけ」
「了解ー! クロたん、なんか食べたい味ある?」
「え? えっと……」
 村正に請われて、メニュー選びを始める。
 今日初めて出会った、しかも人間と、こんな風に話し合って関わりを持つなんて、思ってもみなかった。私を助けてくれたのが保志弘であったこと、その友人が村正であったことは、私にとっては幸運だったと言えるだろう。
 私の世界は少しだけ変わる。少しだけ道を逸れる。けれどすぐに軌道修正するのだろう。

 私自身は決して変わることはないと、信じていた。


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