2020年10月8日木曜日

【創作小説】レイヴンズ16

 

雨の夜、男は少女を助けた。
彼女が人間ではないと知りながら。
(全25話)


(彼のようなヒーローにはなれなくても、きっと)


(彼のようなヒーローにはなれなくても、きっと)


「うまく行ってるみたいね」
 にこりと笑うセレスさんに、俺も通常装備の笑顔で応じた、
「ま、二人との交流自体には問題ないですよ! 俺と保志君の烏対応スキルは他の追随を許さないチートレベルですから!」
「あっはは、そりゃそうだわ! ま、正直そっちの方は全然気にしてない。あんたたちなら上手くやることは分かっていたし、クロウもナミも根が素直でいい子だから」
「あれ? セレスさんって、ナミはともかくクロたんのこと知らなかったんじゃ?」
「捜索頼まれたんだから、情報収集はしてたわよ。クロウは表面だけ見ると口数少ないし無表情だしで、あまり親しい友人っていうのがいなかったみたいだけど、ナミと付き合えるなら十分心優しい子だって分かるわ」
 セレスさんの推測はバッチリ的を射ていたわけだ。さすがだなあ、と敬服する。
 ん、ちょっと待って。
「その理論でいくと、ナミと付き合ってきた俺も心優しい好青年ってことに……!!」
「あんたはそのチートスキルのせいでステータス改変起こってるから無意味よ」
「ひどっ! じゃあ俺のステータス何なんですか!」
「うーん、そうねえ……「帽子と眼鏡」?」
「ただの装備品ですよそれっ!!」
 俺をからかって楽しそうに笑うセレスさん。この精神は、彼女が育てた保志君にしっかりと受け継がれていった。ま、二人なりの愛情表現だとプラスにとらえれば問題なし。いちいち口に出したら即座に否定されて倍返しを喰らうので、心の内にしまっておくけど。
「……で、セレスさん」
「何?」
「「何?」じゃないです。何で俺をここに呼び出したのか、話してもらえますよね?」
 雨の夜。やることもなくてぼーっとしていたら、携帯に電話がかかってきた。相手は今テーブルを挟んで座っているセレスさんその人。「会って話したい」という唐突な申し出だったけれど、断る理由も無かった。即OKすると、大通りの喫茶店を指定された。のんびり行ったら九時を過ぎていたけれど、二十四時間営業の店なので問題なく入店、セレスさん発見、着席、コーヒーお願いします、来ます、そして今。
 「あーそうだったわねぇ」と、二杯目のコーヒーにミルクを入れて混ぜながら、すっとぼけたように言うセレスさん。
「正直、ちょっと面倒事。でも報告しないわけにもいかないからねえ」
「何ですか?」
 いつもはっきり物事を言うセレスさんらしくない躊躇に、緊張する。これは烏関連だろうか。柄にも無くどきどき。
「烏がね、かなり活発になってきたわ」
「……え? 何でこのタイミングで?」
 予想は当たったけれど困惑し、思ったままを口にする。どうして? ここ最近、特別なことは起きてないと思うんだけど? そもそもクロたんとナミの捜索は段々フェードアウトしていると感じてたのに。
 セレベスさんはぐいっとコーヒーを煽った。いい飲みっぷりだけど、店の雰囲気とかセレスさんの年齢不詳な美貌とかとはミスマッチ。
「まず事実から話をさせてもらうと、烏が姿を消す事例が増えてきているのよ」
「……烏が、姿を消す? 要するに、烏にとってクロたんみたいなことが起きてる、ってことですか?」
「そう。支部には話が行っていないようね」
 俺は頷いた。初耳だ。人間側は烏が増えるのは問題だけど、減るのなら大歓迎。情報が入っていたとしてもこちらに不利益になるわけではないし、公表していない可能性がある。もしかしたらその原因と支部が裏で繋がっていたり……なんてことも考えられるけど、そこまでは疑わないでおこう。下手なことをして仕事なくなると困る。
「原因って分かってるんですか? まさか全部が全部クロたんみたいに、「襲われたけど心優しい人間に拾われました」ってわけじゃないでしょう」
「当たり前じゃない。保志弘みたいな阿呆がこの世に何十人いないと実現しないわよ、その妄想」
「うわあ、保志君が数十人って、俺的にかなりシャングリラ!」
「あんた本当にぶれないわね……いっそ清々しいわ。
 話戻すわよ。その原因は、どうやらあんたらとは全く関係のない、どっかの烏排斥派の過激行動らしいんだけどね。烏を捕まえて監禁してるとか何とか。……その行動がこっちに与える影響、大体予想つくでしょ?」
 そう言われて、「いいえ全く予想できません」って胸張って返せる人募集する。
「烏たちは、クロたんからその事件が始まってるんじゃないかと考えてるってわけですね。全て、一つの事象だと」
 セレスさんは満足そうに微笑んだ。けれど、すぐ真剣な顔に戻る。
「原因を突き止めようと、烏たちは躍起になっている。実際、排斥派の団体には見当が付いているらしいわ。でも、当然ながらそこにクロウとナミの痕跡なんかない。烏って、仲間意識が低い割に「烏」が貶められると全力で立ち向かうのよね」
 個体の尊重と、種族としての誇りの天秤というわけだ。
 俺のコーヒーがなくなったところに、ちょうど店員さんが通りかかったので、お代わりを注文する。ちょっとお値段が高くて美味そうな一杯も気になるけど、今月は黒いエンジェルたちにプレゼントを奮発したので財布が危ない。節制節制。
「だーから、今もう一度黒たんとナミの失踪も洗い直そうって話か。……そこまではさすがに予想できなかったなぁ。こっちはのらりくらり策を考えながらほとぼり冷めるまで、って思ってたけど、赤の他人が勝手にガソリン撒いてライター投入しちゃったか」
「ええ。この辺りにも、捜索の手は回ってくるはず。今後注意しておくように、保志弘にも伝えておいて。あんたより先に電話したけど、家にいなくて」
 雨も上がりかけているから、今頃クロたんとナミに安全に外を歩いてもらおう作戦決行中だろう。滞りなく遂行させるためなら、伝言くらいお安い御用。
「了解です。クロたんとナミにも伝えておくよう言っておきます」
「頼んだわよ」
 俺を見るセレスさんの目は、まっすぐで、強い意思を持っていた。
「あたしは、烏だろうがなんだろうが、関わった存在が傷つくのは御免だから」
 そこには、セレスさんの過去が滲んでいるようで、悲痛ささえあった。
 俺にもその痛みは分かる、つもりだ。程度の差があっても、彼女が抱えたものと俺がかつて味わったものは同質だと信じている。そして、その痛みを回避したいと思うし、そのための努力は惜しまない。何年か前、彼の前で決意したことだ。今更迷うことなど何もない。
「勿論です」
 だから俺は、笑って応じた。
 ほぼ同時にお代わりが運ばれてきた。ブラックのままで一口。うむ、気が引き締まるではないか。


 祈りで以って、きっと彼らを守ってやる。


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